2023年12月10日日曜日

ちづちゃん

 ちづちゃんに言われた、
「しってる? 友達ってね、気づいたらもうなってんの!」
 という言葉が、40歳になった今でも、心の中に巣食っている。
 ちづちゃんに言われたと言ったが、直接言われたわけではない。ちづちゃんが爽子に言っているのを、たまたま横で聞いた形だ。それなのにやけにずっと残っている。案外そういうものかもしれない。
 友達は気づいたらもうなってる。たしかにそうだな、そういうものかもしれないな、と聞いたときは単純に感動したけれど、長い時間を経たことで言葉が自分の中で熟成されて、逆もまた真であるという、芳しい香りのする結論が爆誕した。すなわち、
「しってる? 友達ってね、気づいたらいなくなってんの!」
 である。
 特別なにか決別らしい決別をしたわけでもないのに、LINEであるとかSNSであるとか、連絡を取ろうと思えば取る手段はいくらでもあるのに、かつて友達だった人とは、気づけば連絡が取れない間柄になっている。いまさら急にコンタクトを取ろうとしたら、新興宗教やねずみ講の誘いだと思われるのではないか、という屈託が働いて、手が動かなくなる。この重たくなった手を動かせるのは、たぶん自分が新興宗教かねずみ講に嵌まったときくらいだろう、と思う。
 そしてここまでの経緯から、友達という存在は、得るときも失うときも実感を伴わない、知覚することができないという、そういう性質を持つものだということが分かった。それを受けて僕の中のちづちゃんは爽子にこう言う。
「しってる? 友達ってね、ステルスなの!」
 ステ、ルス……? 爽子は戸惑う。
「あるいはニュートリノに喩えてもいいかもしれないね。宇宙全体に溢れているのに、物質として存在を確認するのが至難の業だという、友達ってそういうものだとも言えるよね!」
 ニュー、トリノ……?
「いっそのことダークエネルギーと言ってもいいかも。宇宙の平均エネルギー密度の実に約68%を占めるというダークエネルギー。ちなみに残りの27%はダークマターで、私たちの認識している原子でできた物質は全体の5%に満たないんだよ。そしてダークマターもダークエネルギーも、その正体は謎に包まれているの!」
 ダーク、マター……? ダーク、エネルギー……?
 地元を出てから疎遠になり、すっかり関係が途絶えていた千鶴から、十数年ぶりに急に連絡が来たと思ったら、わけのわからない怪しげなことを言ってくる。どう対応していいのか分からず困る爽子に、千鶴はなおも言い募る。
「つまり、あたしらもう友達だったんだよ! そんで、そんな友達の爽子だから教えてあげる、とってもお得な情報があってね……」
 あ……、と爽子は気づく。
 友達って、気づけば友達でなくなってるんだ。