2018年9月9日日曜日

友達がいない風景・1

 ちょっとした間に、タブレットの電源を点けて、LINEを開く。誰かからメッセージが届いていると、LINEのロゴが表示されるくらいのタイミングで、タブレットが振動する設定になっている。もちろん大抵の場合は振動しない。大抵の場合はそうなのだが、なんとなく気落ちする。LINEのホーム画面の上部には、「友達」「トーク」「タイムライン」とアイコンが並んでいて、誰かからのメッセージがあると、「トーク」の所に赤い丸がついて、メッセージの数が表示される。振動しなかったのだから来ているはずないのだが、そこに赤丸がついていないのを見て、また改めて気落ちする。友達と言ったって、親類と職場の人間がほとんどなのに、それらから一体どんなメッセージが送られていたら嬉しいというのか、という話なのだが、それでもやっぱり気落ちするのである。それで、ため息というほどではないけれど、鼻から深く息が噴き出されたらしい。すると、鼻の穴の中で、鼻毛にかろうじて引っ掛かっていただけの鼻くそが、その風圧によって、鼻から飛び出した。そして2ミリほどのその薄茶色の物体は、タブレットの画面の、「トーク」の吹き出しマークの右上、まさにメッセージが届いていれば赤丸が表示される部分に着地したのだった。それを見て僕は一瞬、こう思った。

「あ、ちょうど誰かからメッセージが来た」

 美川憲一の語っていたエピソードで、まだ彼が売れる前、全国をドサ回りしていた際、いつも安旅館に泊まっていて、食事と言えばごはんと具なしの味噌汁、そして漬物だけだったというが、そんなある日、味噌汁にしじみが浮かんでいるのを見つけ喜んだら、それは真っ平な表面に映った自分の目玉だった、というのがある。
 気落ちした嘆息で飛び出た自分の鼻くそを、誰かからのメッセージ到着通知だと勘違いするのって、なんかこの美川憲一のエピソードに似ているな、と思った。
 自分がどうしてこんなにもフットワーク軽く、美川憲一の下積み時代のエピソードを思い出せるのかは謎に包まれているけれど。