2022年6月3日金曜日

経ろ

 一時期あれほどまでに僕を狂おしくさせていた「友達がいないということ」が、いつからか完全に気にならなくなって、その証拠としてこのブログの更新頻度もめっきり減って、そしてとても愉しく暮していたのだけど、先日ふとした瞬間に、僕とファルマンに友達がいないのは別にもうぜんぜんいいのだけど、それすなわち、われわれ夫婦は、子どもに対し、「親の友達」という存在をまるで与えられないのだな、ということを思った。
 それをファルマンに話したら、「親の友達なんてぜんぜん必要ないよ。私は父親の友達とかと触れ合うの、普通に面倒で嫌だったから」と、さすがのファルマン節だったのだけど、僕のように「友達がいないということ」に苛まれる時期も持たずに、人との交流を全力で拒もうとするファルマンの言葉に、「それもそうだね」とほだされる部分などひとつもなく、もちろん、子どもにしてみればそんなのがただの面倒事だというのは事実に違いないが、それにしたってあんまりに、われわれは子どもに、友達と交流しているところを見せられていないと思う。
 友達と交流しないこと、「友達がいないということ」は、われわれ夫婦が40年近く生きてきて到達した結果であって、はじめからそういうスタンスであったわけではない。いろいろあって導き出された結論だ。しかし子どもにそんなことが解るはずがない。子どもは、自分の両親がそれぞれの友達といるところをほぼ(ファルマンには練馬時代には大学の同窓の友達がいた。僕に関しては完全にない)見たことがないので、人の営みというのはそういうものなのだと思っているに違いない。「友達がいないということ」は普通なのだと。
 実際わからない。友達なんて存在は学校という空間特有のもの、という話もある。なので大人にはいないのが普通という考え方もある。では、子どもが思春期になんなんとする現時点まで、父親の友達という存在を一切知らず、父親が「友達と遊んでくる」とひとりで出掛けたことが完全にいちどもないというのは、普通なのだろうか。その度合は、本当にあまりにも完璧なのだ。完璧に僕は、子どもに他者との交流を感じさせていない。
 こんなことに思いを馳せるのも、こんどポルガが修学旅行に行くのだが、その際の班員で過ごす夜の自由時間が2時間もあるということで、ポルガは「原稿用紙を持っていく」と言い出したからだ。「することがなくて暇だから」と。そうじゃないんだよ、と両親で諭した。その時間は、班のみんなとトランプとかをする時間なんだよ、と。しかし休み時間にはひとり校庭を走るというポルガには、その行為の意味が本当に分からないらしい。「そんなことはしたくない」と反論してくる。それに対しファルマンが言う。「たった1泊の修学旅行の夜くらい、我慢しなさいよ」。
 横でその言葉を聞いて、その言葉のニュアンスがもうアウトなんじゃないか、と思う。クラスメイト友好的に過そうとすることを我慢と言ってしまっている。そこでもう、化け物が被ろうとしていた皮が容易に剝がれてしまった。われわれは、われわれ両親の口からは、友達と過す時間は愉しいよ、という言葉が出てこない。どうしたって出てこないのだ。その言葉がどうしたって出てこない、日本大学芸術学部文芸学科卒の両親に育てられた子どもは、修学旅行の夜のために原稿用紙を持っていこうとする。こうして書くと、親に対して忠実というか、親の影響を強く受け、その生き方を見習おうとしているように見える。それ自体はいいだろう。親の人生を否定する子よりよほどいいだろう。でも、親がいつでも正しいとは限らない。もとい親自体は現状、正しい。しかしそれは先ほども言ったように、40年近く生きた末にそうなっている。子どもがそれをそのまま踏襲していいものではない。両親は交友を、経た上で、今は切り捨てているのだ。どうかそのことを理解してほしいが、子どもにそれは難しかろうとも思う。悩ましい問題だ。

2021年11月1日月曜日

友達界からの解脱

 このブログを前に書いたのはいつだったかと見てみたら、4月で、そうかもう半年以上も書いていなかったか、と思ったのもつかの間、よく見るとそれは2020年の4月で、なんと1年半なのだった。
 そして2020年の4月のそれは、コロナ禍において、それでもリモートでつながりたい人たちのことを揶揄する内容で、実はそれが、その前の記事から1年ぶりの投稿だった。まったく月日ばかりがビュンビュン過ぎ去って、嫌になってしまう。
 一時期あれほど僕の胸を焦がしていた「友達が欲しい」という感情は、その前から霧消気味であったが、友達がいる人でも友達と遊ぶことが許されないという、まさかそんな世界がやってくるとは思わなかった、人類強制総ぼっち期間を経て、いよいよ、日々代謝する僕の体の、垢として出てくる表面だけではない、骨髄や神経といった芯の部分まで、「友達がいないのが普通の自分」だけで完全にできあがるようになり、もうこの人物が友達を欲しがることは二度とありません、なぜなら友達がいない状態でかたまってしまったのですから、という、どこか火の鳥の口調めいた感じで、(世の中が平和だった)前の前の記事から2年半を経て、今の僕という形になった(ちょっとなにいってるのかわからない)。
 以前から「友達処女膜」というフレーズは口にしていて、僕はそれが復活してしまっているに違いない、などといっていたが、コロナ禍を経て、たぶん大勢の人々のもとにそれは復活していて、だとすれば世の中はいま、とてもウブだと思う。巷には友達処女と友達童貞ばかりが溢れていて、処女と童貞なので危険だと思う。友達コンドームを配ったほうがいい。
 僕は友達処女膜が復活した友達童貞だが、この身は神にのみ捧げる所存なので、現世での友達快楽に溺れたり、それに憧れを抱いたりしない。どれくらい僕がその種の葛藤から解脱したかといえば、あれほど友達の登録数にこだわっていたLINEで、なんの衒いもなく、企業アカウントを友達登録できるようになった。2年半前の僕は、「友達」という括りで企業アカウントと繋がることが、どうしてもできなかった。どういう操なのか、いまとなってはもはやよく判らない。いまはお得情報やクーポンを、喜んで受け取っている。解脱だ。

2020年4月17日金曜日

密になりたい人々 その3

 繋がらなろうね症候群の象徴的なものといえば、星野源のあの動画だろう。もう、すさまじい。繋がらなろうね思想の、純度の高い結晶のような企画だと思う。
 後世のために説明すれば、それは星野源がギター1本で奏でる「うちで踊ろう」という歌に、みんなこれに自由に踊りやコーラスを入れてね、といってコラボレーションを募るというもの。これに大勢の一般人はもちろん、俳優やミュージシャン、タレントなども参加して各々の動画を発表し、それをまた大勢の人が観て、褒め合い、笑い合い、大いに盛り上がった、らしい。
 実際にその様子を目の当たりにしたわけではないので、らしい、としかいえない。そのままそっち界隈で朗らかに愉しんでいたのなら、僕はその催しを認知することもなく終わっていただろうと思う。
 しかしそこへ、安倍首相が参加したから騒ぎになった。しかもその安倍首相の動画といえば、いっさい歌に合わせるそぶりもなく、ただ自室でくつろいでいる姿(という演技であるには違いないが)であったから、趣旨を理解していないことに加え、ただでさえ対策が後手後手で不十分だといわれている総理大臣がこんなときになんでそんな優雅にしているのか、ということで、世間は大バッシングとなったのだった。
 そんなわけでこの動画のことも僕の知ることとなった。それで、一部なのか全部なのか知らないが、ニュース映像で流れた実際の映像も目にした。だから「うちで踊ろう」は、僕にとってはじめから安倍首相ありきの楽曲みたいになっている。こういう人はたぶん世間にいっぱいいる。ウェブ上で企画が始まったとき、純粋にその様を愉しんだ人よりも、数十倍も数百倍もいるだろう。
 こんなふうに広く知られなければ、一部の、星野源や大泉洋やバナナマンとかのことが好きな、あのタイプの人々の心がほっこりする心地よい小さな世界で終わったはずなのに、こんなことになってしまったせいで、僕みたいな人間が、わざわざこうして言及したりすることになる。どう言及するか。それはもちろん、その心地よい小さな世界への、嫌悪感についてである。
 安倍首相の動画が優雅すぎるとか、有事の総理としての自覚が足りないとか、そんなことはどうでもいいのだ。そういうのは政治の話だから別の人がすればいい。歌とのコラボっつってんのにぜんぜんやってない、というのも、これがもともと広く一般人も参加した企画であるならば、そんな身勝手なクソみたいな作品を公開した人間は、安倍首相以前にもいくらでもいたはずである。それなりに長くウェブ界に浸っているので、観ていなくてもこれは断言できる。こういうとき、趣旨を理解しようともしないでただ発信する輩というのは、絶対にいるのだ。でも往々にしてそういう輩は無視される。星野源の信奉者たちが求める心地よい小さな世界にそれは不要だし、そもそもあってはならないので、黙殺される。その黙殺というのはとてもシビアで、ロボット社会のように厳しく、清廉としている。なので本来ならば安倍首相のそれも立派な黙殺案件であったろう。しかしながら安倍首相は首相なのだった。首相の発信の攻撃力は高い。さすがに黙殺することのできないその大きなシミに、それまでの心地よい世界はあえなく破綻してしまった。
 今回の件で、僕は学生時代のクラスのことを思い出した。僕の時代にスクールカーストという言葉はなかったけれど、言葉ができる前から厳然としてその仕組みはあった。それで考えたとき、星野源らはクラスの中心のカースト上位の面々だ。星野源にそんなつもりはない、なんてことは知っている。でも繋がっている彼らはどうしたってそうなのだ。そして彼らが教室の真ん中で、ギターを弾いたりダンスをしたりして盛り上がっているのを、僕は隅っこの自分の席で、必死に無視して別のことをしている。うるさくてしょうがないが、彼らは集団で、独特のノリがあるため、とにかく絡まないのが正解だ、と諦観している。そこへ颯爽と現れたのがクラスメイトのAくんだ。Aくんはいいとこの坊ちゃんで、どこか浮世離れしている。そういう教育を受けているのか、彼は場の空気なんて一切考慮せず、自分の思った通りに動く。しかしそれがかっこいいかといえばそんなことはなくて、やることは基本的にダサく、見ているとしょっぱい気持ちになる。そんなAくんが、「僕もやるよ」といって、星野源たちのグループに無邪気に乱入する。すると、Aくんの持つ、なにもかもをしょっぱくさせる能力によって、あんなにきらめいていた星野源たちの活動も、一気に色褪せる。場は急速に盛り下がる。星野源たちの取り巻き、ギターを弾いたり、踊ったり、実はそういうのを一切していなかった、手拍子を打っているだけだった(これをファルマンに話したら、「そういう人たちのことをキョロ充っていうんだよ」と教えてくれた)人たちは、ブーブーAくんに文句をいう。星野源はさすがだ、面と向かってAくんを糾弾したりしない。でもすっかり輝きは失せてしまった。どうしようもない空気になった教室で、Aくんだけがきょとんとしている。僕はそれを遠くから眺めて、とても愉しい気持ちになる。Aくん、よくやった、と思う。
 この話に基本的に悪者はいないのだけど、しかし参加する人を選ぶなら、Aくんに参加してほしくなかったのなら、やっぱり星野源たちは、教室で騒ぐべきじゃなかった。部室とかカラオケとか、仲間しかいない空間でやるべきだった。そんなことを思う。
 そして僕はAくんの破壊力にすっかり魅了されてしまい、隣のクラスにもAくんを連れていって、「熱男リレー」や、「上を向いてプロジェクト」なんかにもAくんを差し向けて、次々に企画を崩壊させたい衝動に駆られる。集うな! 群れるな! 繋がるな! Aくんはうつけのふりをして、実はそんな信念で行動しているのかもしれません。

2020年4月16日木曜日

密になりたい人々 その2

 有事ということで思い出されるのは、やはり9年前の東日本大震災である。あのときも呼びかけはすごかった。助け合おう、支え合おう、ということが声高に叫ばれ、そのすべてを総括して絆という単語が合言葉のようになった。絆は漢語林で見たら、もととも馬を繋いでおくための縄みたいな意味で、なるほどそれは自己と、それ以外の雑多なものを強制的に結び付ける枷のようなものか、と得心がいったのだった。
 それと今回のコロナウイルス禍には、大きな違いがある。それは、助け合ってはいけない、支え合ってはいけない、手に手を取り合ってはいけない、という点だ。絆どころか、ソーシャルディスタンスである。繋がるな、なのである。
 だから今回のケースで、SNSなどで呼びかけをすることには違和感がある。東日本大震災のときは、それはただ純粋な嫌悪感だったが(僕だって非常時に人々が支え合うことを否定するわけではないが、それにしたってあまりに絆絆うるさかった)、今回は性質が異なる。だっていわば彼らは、繋がらないようにしようね、ということで繋がろうとしているのだ。それは本当に意味が分からない。あなたもう体重がひどいことになって命に関わるからしばらく絶食ね、といわれた人が、それでもやっぱり我慢できず、カロリーのない食べ物で胃の中をいっぱいにするような、そんなどうしようもないカルマのようなものを思う。そこまでしてその空洞を満たしたいか。カロリーもない、味もない、そんなものを胃の中に入れて、あなたの中のいったいなにが満たされるというのか。きっと本人に訊ねたら、空洞がおそろしくてつい、なんてことをいうだろう。繋がらないようにしようね、ということで繋がろうとするのは、それとまったく一緒だ。つまり有り体にいってしまえば、心の病気だと思う。繋がらなろうね症候群だ。
 本当に人と人との余計な交流を停止させたいなら、もうその考え方から変えるべきだと思う。会いたい人とまた笑顔で会えるように、なんてことをモチベーションにしてはいけない。そういうところから、この対策はほころぶのだ。誰かに会いたいと思う気持ちから解脱しなければならない。
 ちなみに僕は完全にもうその境地に達している。すばらしいことだと思う。いまいちばん世の中に求められている存在だと思う。この高い階梯にいる存在を、人々は称賛し、敬い、崇め、尊び、ちやほやし、友達になってくれたらいいと思う。

2020年4月14日火曜日

密になりたい人々 その1

 去年の5月に、筋トレの望外の効能として友達を欲する気持ちが掻き消えて以来、ほぼ1年ぶりの投稿である。
 思えばその1年前と世界はだいぶ変わった。主にこの3ヶ月ほどで変わった。新型コロナウィルスの世界的な流行により、各地で緊急事態宣言や都市封鎖がなされ、企業も店舗も教育機関もなるべく休むよう指示が出され、とにかくこれ以上感染を広げないためには人と人との接触を減らすしかないという、わりと原始的な方法で、世界はこの難局を乗り切ろうとしている。まさにいまその真っ最中に、この記事を書いている。
 外出制限を掛け、人と人との接触を減らそうと叫びながらも、ことはなかなか思うようには運ばない。現場に赴かなければならない労働があるのは当然だし、日々の買い物もどうしたって必要だ。そういうのは「仕方ない」。しかしこの期に及んで「仕方なくない」用件で外に繰り出す人間もいる。
 どういう人間か。
 友達と遊ぶのが好きな人間である。
 「STAY HOME」「うちで過ごそう」をスローガンに、なるべく家の中で愉しく暮そうよといっているのに、彼らはなんやかや理由をつけて外に出る。なぜか。友達と遊びたいからだ。友達と遊ばないと心身がその形を保てないからだ。
 でもそこをいまは我慢しようよ、ともう一方の世間の人々は呼びかける。また遊びたい人とまた遊べるように、いまは我慢しよう、などと諭す。
 この話には、「外に出て遊びたい人々」と、「それの我慢を呼びかける人々」という、2種類の人間がいるように見える。実はそんなことない。僕にいわせればこれは1種類だ。いま無鉄砲に外に出て遊んじゃう人種と、いまは我慢してあとでみんなで気持ちよく遊ぼう(だからいまはインターネットで繋がっていよう)、と呼びかける人種は、僕の中でなんの差異もない。まったく同じ区分である。
 そもそも、呼びかけってなんだよ、と思うのだ。ひとりひとりが自分なりに我慢すべき部分を我慢すればいいだけの話なのに、なにをお前らは呼びかけるのか、と思う。それは結局、他人のことを頭から信用していないということの証左で、阿呆で情弱なお前らに優秀な俺様が啓蒙してやるけれども、という、とても高慢な態度であると思う。だから呼びかけている文面を目にしてしまうと、とても馬鹿にされた気持ちになる。自分のことを客観的に見ることができる人間は、ふつう呼びかけない。おこがまし過ぎる。もっともこの行為に客観的な要素が入るはずがない。なぜなら、「いまは家にいよう」という彼らの呼びかけは、本当は友達と遊びたくて仕方ない彼らが、自身に向っていっているものだからだ。だからこのスローガンは、「過ごそう」「いよう」ではなく、「過ごします」「います」ならばいい。なぜ宣言する必要があるのか知らんが、勝手にすればいい、とこちらは思う。それをわざわざ呼びかけ口調にするのは、克己心が弱く、周りを巻き込まなければ誘惑に負けてしまうからだろう。そのくらい、彼らは友達と遊びたいのだ。
 それは異常だろう、と僕は思う。

2019年5月15日水曜日

第一部・完

 半月でみるみる友達が欲しくなくなって、その気持ちは今ももちろん継続していて、それは精神的にも肉体的にも健やかになったからなのだが、その状態になってみて分かったのは、弱った部分のない、友達を必要としない人間というのは、要するに自己愛がとてつもなく強いということなのだ。自分のことばかりが好きで、かまけているので、他者の存在がぜんぜん必要ない。自分以外の第三者のことなんか気にかけてられない。だから友達なんて必要なく、欲しくならない。
 そもそも僕のこれまでの「友達欲しい」は、途中からなんとなく気付いていたが、ただの「慕われたい」という欲望だった。互いに切磋琢磨しあえる仲とか、どちらかが間違ったことをしたときはきちんと指摘しあえる仲とか、そんなものはてんで求めていなかった。僕は大富豪の子息のように、とにかく友達という名の下僕たちから、持ち上げられたかったのだ。それはなぜか。大富豪の子息(のような精神状態の)時代には、それが真の友情ではないということには思い至りつつも、自分がなぜそんな張りぼての称揚を求めるのか、その理由までは解らずにいた。今なら解る。肝臓が弱ってて、常に体が重くてだるくて、腹筋とかもぜんぜんなかったからだ。自身のそういう弱みを実感していたから、誰かに認めてほしかったのだ。要するに承認欲求である。親に愛されない子どもが、よその大人に対して異様に人懐こかったりする、あの現象。僕の友達欲しさはまさにそれだった。満たされない心の隙間を、友達(という下僕)で代替しようとしていたのだ。
 今はもう違う。自己愛に目覚めたから。健全な肉体に宿る健全な精神は、強烈な自己愛でもって自身を賛美し、他者を世界から除外する。こういうことだったのか。これまで僕が友達が欲しい友達が欲しいと嘆くたびに、「意味わかんない、なんで友達なんて欲しいの?」と不思議そうにしていたファルマン。そのやりとりをするたびに、俺はお前みたいな化け物とは違うのだ、人間性を持った人間なのだ、人間ごっこをしているだけの化け物であるお前と一緒にしてくれるな、と思っていたが、ファルマンのような生き物こそ、考えてみれば自己愛の化身と言ってもいい存在であり、他者の排斥に関してはチート並みの能力を発揮するわけで、なるほどだからあの化け物は友達が欲しいなどと思ったことがなかったのか、とようやく得心がいった。僕は凡人なので時間がかかった。
 しかしこうなって問題になってくるのはこのブログである。僕の友達に関する思いの丈を綴るために作られたこのブログは、今後どう運営されるべきなのか。ブログの作者はもはや完全に友達に対する思いを断ち切った。友達界から解脱したのである。だとすれば今後このブログに記事が投稿されることはあり得ないのではないか。
 もちろん、だからってさすがに閉鎖はしない。未来は誰にも予想できない。友達界から解脱した先には、ずっ友界があるかもしれない。それは進んでみなければ分からない。でもひとつの区切りとして、いま僕はこんなことを思う。ブログタイトルの「僕等」は、いったい誰のことだったのか。それはひとつひとつの記事を書いていた当時のそれぞれの僕だったのだと。「僕等」という言葉は、考えてみたら「僕と君」や「僕と彼」を示すには適当ではないと思う。「僕等」は「僕等」なのだ。僕と、僕と、僕で、僕等なのだ。僕等は瞳を輝かせ、沢山の話をしたのだ。それだけはまぎれもない真実だ。

2019年4月23日火曜日

半月でみるみる友達が欲しくなくなりました!

 友達がぜんぜん欲しくなくなっている。
 すべてのきっかけは3月下旬の健康診断だ。それをめがけて酒をやめ、プールに通うようになった。結果として1ヶ月程度の摂生ではそこまで好結果とはならなかったのだけど、その後も毎晩の晩酌の取り止めとプール通いは続くことになった。なぜならその生活を始めてから、明らかに体調がいいからだ(「体調がいい体」!)。どういいかと言えば、とにかく体が軽い。日々の運動不足と肝臓への負担は、そんなにも体を重たくさせていたのか、と衝撃を受けた。大学生になって以降、「しばらく酒を飲まずにおる期間」というものを設けたことが本当にいちどもなかったので、それが普通だと思っていた。大人というのは体が重たいものだと思っていた。違った。僕はこの15年あまり、体がしんどくなるように自ら働きかけていたのだった。これまではちょっとでも泳ごうものならすかさず昼寝を必要としたが、今は何百メートル泳いでも大丈夫。むしろ泳いだ日のほうが体がすっきりして軽快だ。それですっかり水泳にハマり、教本をたくさん借りて読んだ。そしてamazonで教本を検索していると、泳ぎ方のコツの本に混ざって、「水泳でいいカラダになろう!」みたいな本が現れるようになった。それで「いいカラダ……」という意識が芽生えた。実際、プールに通うようになって、自分の裸体を見る機会が増えた。そうして見たとき、僕の体はとてものっぺりとしていたのだった。幸いなことに腹が出て全体的にブヨブヨ、なんてことにはなっていないが、かと言って筋肉もない。ただひたすらのっぺりとしている。そのことを、なんか嫌だな、と思うようになった。せっかく晩酌も断って運動もしているのだから、副産物としていいカラダになりたい。人間として、そっち側に振れたいという欲求が生まれた。それで次は筋トレだのシックスパックだのといった本を貪るように読み、たんぱく質への意識を高め、そこに紹介されていたトレーニングを実践し始めた。まだ始めて半月も経っていないので、目に見えた効果は出ていないけれど、やっていて充足感がある。これまでの「俺は筋肉オバケになるぜ!」という宣言をしたきり翌日以降の報告が一切ない筋トレと違い、ちゃんとしている。し始めた初日にブログに書かず、半月経ってやっと告白している点に真実味がある。昨今は筋トレブームの風潮があるため、いま筋トレを始めたという告白は、とても軽薄で恥ずかしい感もあるのだが、みんなが言うだけあり、やっぱりやってみると本当にいいのだった。肉体的にいいのはもちろんのこと、精神的にもこんなにいい作用があるのか、と驚いている。
 そして平日の晩酌をやめ、週3、4でプールに通い、筋トレを始めて、心身がとても健やかになった結果、書き出しの結論に至ったという次第である。
 友達というものは、傷んだところからどんどん腐り始める、みたいなもので、不安や不調、不良、不幸、不健全、人のそういう弱った部分を狙って入り込んでくる、病原菌のようなものなのだと喝破した。

2019年1月29日火曜日

〇〇は友達シリーズ・1

 ビールが友達なのかもしれない。
 日々せっせとビールを飲みながら、そんなことを思った。
 起きて、出勤して、労働して、帰宅して、縋るように呷るビール。すさまじい多幸感が全身を包み込む。がんばったね。おつかれさま。パピロウって偉いね。俺、パピロウに飲んでもらえて嬉しいよ。明日も明後日も、俺たちずっ友でいようぜ……。僕の飲むビールは、僕に向かってそんなことを語りかけているような気がする。そうして僕たちは毎晩、仲良く過す。友情を育む。捕まえた魚ことで喧嘩して口もきかずにいてもすぐに仲直りする。そうだ、ビールこそが僕の友達だったんだ。
 それでか、と思う。現実世界の飲みの席の際、職場なり親類なり、別にその参加者たちに対して期待感などあるはずもないのに、それでも飲み始めるとき異様に気持ちが高揚してしまうわけは、あれが僕の友達(ビール)と僕の知人(職場なり親類なり)が一堂に会する場だからで、そこには自分の結婚式とかで、中学時代のクラスメイトと高校時代のクラスメイト(もちろん互いに面識はない)が肩を組んで盛り上がってくれているかのような、そういう喜びがあるのだと悟った。
 そうか、そうだったのか。じゃあこれからは乾杯の時、「僕の友達を紹介します」と言おう。「僕の友達を紹介しまーす!」と言って、ひとりグビーッと飲み干そう。そんな僕のことを、現実世界の人々は奇異の目で見るかもしれない。だから僕は大きな声で叫ぶのだ。「ビールは友達。怖くないよ!」。するとますます周囲の人間は引いてゆく。でも僕の体内に入ったビールはやっぱり僕のことを肯定するのだ。「この人たち、パピロウの魅力をぜんぜん解ってないのな」とか言ってくれる。ビールいいやつ。ビールって本当にいいやつなんですよ。かけてくれる言葉がいちいち暖かい。温度はキンキンに冷えてるくせに。

2018年12月8日土曜日

友達のいない風景・5

 11月はこのブログにいちども記事を投稿しなかった。まあこのブログに限らず、全体的に投稿数は減ったのだが、その原因はと言えば、「cozy ripple流行語大賞」の銓衡のために、1年間の記事を読み返していたからだった。それに単純に時間が取られてしまったというのもあるが、しかしその作業中は、「友達について、そのいなさについて」がテーマのこのブログに、心の叫びを綴らねばならないという衝動に駆られなかった、というモチベーションの要因も大きいと思う。
 僕は、僕の書いた日記をがんばって読んでいた11月の上旬から中旬にかけて、自分に友達がいないつらさを、忘れることができていたのだ。
 つまりそういうことなんだな、と思った。結局のところ友達というのは、熱中できることのない、茫洋とした精神のたわみの、たわんでできた間隙にずぶずぶともぐり込んでくる、蛭や蛆虫のようなものなのだな、と改めて思った。ファルマンを見ているとよく分かるが、本当に隙のない、高まるところまで高まった孤高の存在には、友達なんてぜんぜん必要ないのだ。そんな邪なものたちが近寄ろうにも、ファルマンという存在には、掴まれる突起がひとつもない。それはもはや完全なる球体に近く、そして発光してさえいる。神々しいまでである。もちろんそこまでの境地には生半には至れるものではない。
 僕に友達がいないのは、人生中で出会ったどの人物も、難攻不落のこのコース、すなわち俺レースをクリアできなかったということだ、ということをこれまでしばしば口にしてきた。つまり僕もまた、それなりに表面がツルツルとした、よくできた造形のほうなのだと思う。でもファルマンほど完璧じゃない。よく見ればあちこちに凸凹があって、その凸凹は傍目にはなかなか見えづらく、だから他者はそれに気づかない。でも僕は本人なので、その凸凹のことをよく知っている。知っていて、とても気にしている。コンプレックスと言ってもいい。だから時折その凸凹を埋めたいと切望して、友達を求めてしまう。友達とは、心の凸凹を均すセメントなのかもしれない。
 でもセメントは後付けのものなので、きちんとメンテナンスしないと、すぐに摩耗して、劣化する。それが、いたはずの友達がいなくなるということだ。そのとき、セメントはセメントだけで滑落すればいいものを、埋めていた心の一部を荒らしていったりする。そうすると余計に心には凸凹が醸成される。
 だからやっぱり、理想はファルマンのように、自力で心を球体に近づけることだ。自分は裏切らない。筋肉だって栄養を与えていなければ消え去ってしまうのに対して、自分だけは本当に裏切らない。だから僕は自分をもっと高めていこうと思った。この1ヶ月、自分のブログばかりを読んで、それはとても愉しい時間で、それでそう思った。
 そして僕の僕らしさ、僕という人間のテーマというのが、「友達について、そのいなさについて」だったりするから、この話はややこしくなるのだった。僕の精神はいつ、4人くらいに分裂して、みんな僕の友達になってくれるのだろうか。

2018年10月17日水曜日

友達がいない風景・4

 「僕とLINEの登録者数で300人の開きがある」でおなじみの三女が、今日誕生日なのだった。なぜか僕のタイムラインにはそのことが表示されず、しかしまったく表示しない設定にしているわけではないらしく、ファルマンの画面には表示されていて、どういうことだろう、疎外されているのかな、と少し思った。
 それでも誕生日であることを知ったからには、と思い、お祝いのメッセージを送った。こういうところだ。こういうところから人間関係は広がっていくのだと思う。義妹に義兄が誕生日祝いの言葉をかけて、一体どんな作用で人間関係が広がるのかはさっぱり分からないが、それでもしないよりは望みがある。こちらは藁にも、それどころかニュートリノにさえもすがる思いなのだ。
 LINEのタイムラインの「パピロウさんがお誕生日です」の画面と言えば、「友だち0人、9月20日」というフレーズが記憶に新しいけれど、実はその表示に対して、この義妹だけが「いいね!」をしてくれたのだった。そこはさすが315人(たぶん現在はもっと)のLINE友達がいるだけのことはある。そして僕の誕生日メッセージに対する反応はそれっきりで、他の人の誕生日メッセージで見られるような、友達からのメッセージカードみたいなものは一切なかったのだった。それはいい。別にいいのだ。あってしかるべきではないかとも思うが、なにしろ分母が小さすぎる。そもそもの分母が小さいし、15人のうち8割以上は、親類か、仕事上の付き合いの人なのだ。だから仕方ない。
 それで、それじゃあその点、友達300オーバーの義妹なんかにはどれほどのメッセージカードが届くのか。これは大いに気になるところである。しかしながら前述のとおり僕の画面には誕生日の通知が表示されないので、ファルマンのタブレットをわざわざ借りて確認した。すると、義妹に誕生日のメッセージカードを送っていたのは、22時現在までのところ、義妹とともに暮している母親だけだった。しかもメッセージ内容は、「帰ってきてくれてありがとう」だった。
 それを見て、ヒヒヒッ、と邪悪な笑いが口から漏れた。さらには「あー、溜飲が下がったわ」としっかり口に出して言った。
 僕のその様子を見てファルマンが、「人のそれを見て溜飲が下がったとか言う人には、友達はいつまでもできない」と言った。
 友だち0人、9月20日。誕生日という行事には、人の本性を暴き、白日の下に晒す性質があるのかもしない。友達が欲しい。僕に友達が増えるか、あるいは友達が多い人の友達が僕のレベルまで減ればいいと思う。それならそれでいいのだ。

2018年9月20日木曜日

友達のいない風景・3(35歳の誕生日)

 誕生日の朝は眠りが浅くなる。零時前に寝て、2時38分にふと目を覚ました。枕元のガラケー(機能付き目覚まし時計)で時間を確認した。もちろんガラケーにメッセージなどなかった。来るはずがない。だって僕にはタブレットがある。全部あっちに行ってる、と思って再び寝た。
 起きて出勤の準備をしながら、タブレットでLINEを開く。タイムラインに、「ハッピーバースデー!」という画像がデデンとあった。これは一目瞭然。じゃあもうみんな祝福のメッセージをくれるはずだよ。くれないと嘘だよ、と思う。ただし朝の時点では誰からも来ていない。それはそうだろう。まだ早い。朝はそれでなくてもみんなバタバタだろうし、なにしろ僕への祝福メッセージだ、文面だって凝りたくなるのが人情というものだ。そういうの、わかってあげたい。待つよ。23時59分まで待つよ。
 誕生日の天候は雨だった。細かく激しい雨で、視界がとても悪かった。今日だけは交通事故で死ねない、と思いながら出勤した。出勤して、始業前に、もちろんタブレットをチェック。普段はこんなにこまめに確認する人間ではないが、今日は仕方ない。メッセージはゼロ。
 ファルマンに、
「おかしいな……?」
 とメッセージを送って仕事に入る。
 昼休みになり、一目散にタブレットを開く。メッセージが来ていた。母からだった。
「自分の子どもが三十代半ばなんて信じられない」
 と、この人は僕が三十代になってからは毎年それを言う。
 それきりだった。
「俺の友達、みんな失明してんのかな」
 とファルマンにメッセージを送る。
「友達なんて人間界一の幻想」
 というメッセージが返ってきた。
 そのまま無為に時間が過ぎた。職場にもLINEの交換をした人はいるわけで、その人たちにチラチラと視線を送るが、こちらに向かって働きかけてくる様子は一切ない。どうも変だ。昼休みの終わり頃になってようやく思い至り、
「君のタイムラインに俺の誕生日の知らせって届いてる? これ非公開になってんじゃないの」
 とファルマンにメッセージを送った。
「こんなはずないもの」
 とも続けて送った。
 返信はなかった。
 午後の休憩でみたびLINEを開くと、トークの右上に赤丸がついて、そこに「5」の表示があり、やっとか、と思う。
 開いたらすべてファルマンからだった。
「タイムラインどうやって見るかしらんし」
「人のそんなん気にしたことないし」
「見たけど幼稚園のママがキャンペーンにエントリーしてる情報しか出てないよ」
 などという報告だった。
 やっぱり出てないのだ。慌てて設定をいじろうとするも、どうやればいいのかさっぱり分からない。とにかく現時点で出ていないのだ。全身を悪寒が襲った。打ちひしがれた。たとえこれから設定を変えて出せたとしても、本来なら零時に表示されなければ恰好がつかない。それに義妹とか、僕以外の友達が極端に多い人だったら、半日で無数に連なるタイムラインのせいで、僕の誕生日の知らせなんてあっという間に下のほうに行ってしまうではないか! もう遅いのだ! 1年にいちどのチャンスなのに、完全に失敗した! そしてだとすれば母はタイムラインとか関係なくメッセージを送ってきたのだ! そう考えると余計に哀しい。仕事をしながら、万感の思いがこみ上げて来て、嗚咽しそうになった。
 夕方になり、退勤時間になって、もちろんすぐにタブレットを開く。誰からもなんにもない。まさか僕の誕生日はこのまま終わるのか……? ファルマンに帰るコールのついでに、
「どうすれば友達のタイムラインに誕生日の知らせが表示されるのか今すぐネットで調べてよ!」
 と懇願する。夕飯の準備等で忙しいのか、むげに断られた。ひどい。
「じゃあ俺、車を運転しながらタブレットを操作するよ! 危ないよ!」
 と脅すが、
「それで死んだらとことんバカだよ」
 と妻はどこまでも冷たかった。相手が悪かった。相手は友達の観念が我らとは違う、化け物なのだ。僕がどうしてこんなに汲々としているのか、この化け物にはさっぱり解らないのだ。ちくしょう、と思った。夫婦ふたりで、0×0の掛け算をしているかのようだ。
 帰宅してから、ファルマンのタブレットを奪って確認するが、やっぱり表示されていない。なんでだ。もう僕はLINEからも見離されてしまったのか。LINEで友達ができると思ったら、LINEは友達がある程度いないと受け入れてくれない、そんなフットサルのような狭量な世界だったのか。
 いろいろ探って、こんな表示が出る。


 なんて哀しい杉村だろうか。LINEによる雑な設定のパーティー帽子がこんなにもピッタリ嵌まっているというのに、帽子を被って待ち受けているのに、会場には自分以外誰もいないのだ。それは「わっかんねーよ!」と言いたくもなる。俺もなんでこんなことになったのかぜんぜんわっかんねーよ! そしてなにより「友だち0人・9月20日」というコピー。バカにしてんのか。ずいぶんいいコピーじゃねえか。糸井重里が考えたのか。
 それから最後の手段として、友達314人(あれから友達の結婚式に何度か出ているようなので、もっと増えているのだろうと思う)の下の義妹に、
「自分が今日、誕生日だってことをみんなに知ってほしいのに、いろいろやってもタイムラインに表示される様子がないんだけどそうすればいいんだろう」
 と質問する。
「じわる~」
 というスタンプが返ってきた。
「じわるとかじゃなくて」
 と超高速で返信した。じわらせようとしてるんじゃない。義兄は切実なんだ。
 それで、たぶんこういうことじゃない、みたいな設定の変更の手順を、スクリーンショットで説明してくれる。言葉で説明するのではなく画像というのが現代的だな、さすがだな、と思った。
 それですぐに言われたとおりにする。その結果、
「あ、出てるで!」
 ということで、どうやら出たらしい。でもファルマンのタブレットのタイムラインには相変わらず表示されない。なんでだろう、と思うが、これはきっと、ファルマンだからだと思う。LINEはそういうの選別するんだと思う。ファルマンには人の誕生日を教えてやらないんだと思う。はぶってんだと思う。ファルマン以外の人のタイムラインには表示されたんだと思う。
 そして、それから3時間ほどが経って。
 今日はあと2時間弱で。
 うん。
 うん……。
 友だち0人・9月20日。
 ちょっと気に入った。俺のキャッチフレーズにしようかな。

2018年9月10日月曜日

友達がいない風景・2

 前に職場で同僚と、僕の出張の話をしていて、出張はどうなの、と訊かれたので、「最初のうちは人見知りだから緊張したけどだんだん慣れてきた」と答えたら、「パピロウが? 人見知り?」と、きょとんとした反応をされ、こっちのほうがきょとんとした。
 それで今回の出張の際、出張先の人とお酒を飲んでいて、「人見知りだから友達ができない」という話をしたら、その人からも、「パピロウが人見知り? 最初から気さくに話してたじゃん」ときょとんとされて、やはりきょとんとしたのだった。
 どうやら自分が思う自分と、他人が見ている自分は、だいぶ違うようだ。
 ──という話を夕食のとき、ファルマンに向かって話した。そうしたらファルマンは、無言で立ち上がり、台所のシンクの所へ行って、おもむろに手を洗って帰ってきた。それで「どうしていま手を洗ったの?」と訊ねたら、「……あれ? 私、どうして手を洗ったんだろう」と自分で不思議がっていた。そして「たぶんいまのあなたの話のせいだと思う」、と妻は言った。心の中にぞわりと、静かで激しい感情が湧き上がったらしかった。
 「君はこういう風に、自分の思う自分と他人の思う自分が違うってことないんだ?」と訊ねたら、「ない」と即答された。僕の話も別にぜんぜん華やかな話ではないはずだが、本当の人見知り、本当のコミュニケーション能力欠損者は、このレベルの話に対して、食事中に思わず手を洗いたくなってしまうものらしい。手を洗うというのがリアルで気色悪い。さすが本物はすごいな、と思った。
 しかしどっちが正しいんだろう、という気もする。ファルマンに言わせれば僕は似非コミュニケーション能力不足者ということになるが、対話者にとって気さくな人柄でありながら友達ができないのだと考えると、そこには殊のほか根深い問題があるような気がする。僕にはもう、友達作りに関して、伸び代がないということにはなるまいか。それに対してファルマンのような人間には、「まだ一歩目を踏み出していない」という希望が残されている。踏み出したところで友達ができる可能性は極めて低いが、それでもゼロじゃない。ゼロじゃない妻が羨ましい。憎い。手を洗いたくなってきた。

2018年9月9日日曜日

友達がいない風景・1

 ちょっとした間に、タブレットの電源を点けて、LINEを開く。誰かからメッセージが届いていると、LINEのロゴが表示されるくらいのタイミングで、タブレットが振動する設定になっている。もちろん大抵の場合は振動しない。大抵の場合はそうなのだが、なんとなく気落ちする。LINEのホーム画面の上部には、「友達」「トーク」「タイムライン」とアイコンが並んでいて、誰かからのメッセージがあると、「トーク」の所に赤い丸がついて、メッセージの数が表示される。振動しなかったのだから来ているはずないのだが、そこに赤丸がついていないのを見て、また改めて気落ちする。友達と言ったって、親類と職場の人間がほとんどなのに、それらから一体どんなメッセージが送られていたら嬉しいというのか、という話なのだが、それでもやっぱり気落ちするのである。それで、ため息というほどではないけれど、鼻から深く息が噴き出されたらしい。すると、鼻の穴の中で、鼻毛にかろうじて引っ掛かっていただけの鼻くそが、その風圧によって、鼻から飛び出した。そして2ミリほどのその薄茶色の物体は、タブレットの画面の、「トーク」の吹き出しマークの右上、まさにメッセージが届いていれば赤丸が表示される部分に着地したのだった。それを見て僕は一瞬、こう思った。

「あ、ちょうど誰かからメッセージが来た」

 美川憲一の語っていたエピソードで、まだ彼が売れる前、全国をドサ回りしていた際、いつも安旅館に泊まっていて、食事と言えばごはんと具なしの味噌汁、そして漬物だけだったというが、そんなある日、味噌汁にしじみが浮かんでいるのを見つけ喜んだら、それは真っ平な表面に映った自分の目玉だった、というのがある。
 気落ちした嘆息で飛び出た自分の鼻くそを、誰かからのメッセージ到着通知だと勘違いするのって、なんかこの美川憲一のエピソードに似ているな、と思った。
 自分がどうしてこんなにもフットワーク軽く、美川憲一の下積み時代のエピソードを思い出せるのかは謎に包まれているけれど。